盛岡の風景 夕顔瀬橋と夕顔瀬町の由来

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館向町から望む北上川対岸の崖の上は、安倍館のあった場所で、現在は厨川八幡宮安倍館妙徳稲荷神社があります。
前九年の役「厨川柵」の合戦のおりは、出羽仙北の清原氏の加勢により朝廷軍数万に対し、貞任軍は数千の兵力でした。この勢力不足を補うため、夕顔に顔を描き鎧兜をかぶせ柵内に並べましたが、やがて柵は火攻めにより焼け落ち、この人形も北上川の下流へと流れていきます。
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そして現在の舘坂橋あたりから夕顔瀬橋付近の川渕や川瀬が、夕顔の人形で埋め尽くされました。
この故事にちなみ、北上川右岸を夕顔瀬と呼び、夕顔瀬町と材木町に架かる橋を夕顔瀬橋と呼ぶようになりました。
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Commented by sarasunanikki-yk at 2014-07-24 00:10
こんばんは
夕顔瀬という珍しい地名を知ったとき、由来を調べたことがあり
ちょっとがっかりしたり、怖い気がしたりしました。
夕顔というとどうしても源氏物語の方向に考えたくなってしまうのです。

密告者が居たという説もあるらしいですね。

夕顔瀬橋から岩手山を望むと 必ずと言っていいほど
私の住んでいた建物が写ります
そして三友写真部さんのお写真にもやはり写っていました^^
この日 岩手山は見えなかったのですね?

Commented by bbex162546 at 2014-07-24 02:37
夕顔瀬に夕顔の花が浮かぶイメージですが、この逸話は悲運ではありま
すが、リアルにイメージするとややがっかりしますね(*_*;

地元の人々にとっては、貞任はプレーボーイではないけれど、いろんな
云い伝えがあり、愛着と思い入れがあるのでしょうね。

ここのところあまり天気が良くなく、岩手山はご覧のとおりです。
又天気のいい日に撮り直そうかと思っています^^
夕顔瀬から望む写真に・・・どれどれ・・・ハハーン・・・わかりました\(^o^)/
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by bbex162546 | 2014-07-22 21:55 | 風景 | Comments(2)

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