石鳥谷宿の風景 奥州街道の蕎麦屋さんと原敬に歴史を感じた日

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 奥州街道は、江戸日本橋から津軽三厩まで800キロメートルにも及び、北海道松前宿を経由し箱館宿そして函館奉行所まで続く動脈であり、参勤交代の街道でもありました。
 明治6年(1873年)には陸羽街道と改称され、この道筋が現在の国道4号線となっています。
 
 この奥州街道には、日詰郡山宿(現紫波町日詰)から花巻宿までの間に14キロメートルに及ぶ直線路が存在し、この間に石鳥谷宿があります。
 
 この区間の古道は、現4号線(バイパス)沿いから石鳥谷「時宗林長山光林寺」前を通る道でしたが山坂や沼川が多く、明暦4年(1658年)に盛岡藩第二代藩主南部重直公が参勤後代に不便であり、北上川沿いの平地に直線の街道として付け替えた(旧4号線)というのが定説となっていますが、俗説もあるようですので後日お伝えしたいと思います。

 さて12月17日に遊学のため、盛岡本宮を出た原敬と松岡豊太は、盛岡の加久保あたりの茶屋で待ち受けていた、かつての寺子屋の仲間達から大騒ぎの大送別会を受けます。
 
 やっと出立した二人は奥州街道を南下し、午後二時ごろ石鳥谷の宿に着き、名物の石鳥谷そばを食べたとあります。

 そこで石鳥谷の蕎麦屋さんを訪ねて見ることにしました。
 石鳥谷駅付近で古くからの蕎麦屋さんがあるか訪ねると「文化タクシーさんの向かいよ」との案内を受け、大正橋西交差点付近の右に文化タクシーの看板・・・左を見れば・・・文化タクシーの文字???、アレ暫く立ち止まりよく見ると、のんちゃんラーメンと大森商店の看板の間のお店、蕎麦屋さんのような感じがするのだが暖簾がない???
 
 近づき木札を見ると、「岩手そば街道のれんの会加盟店」とあります。
 ここに違いないと勇気を振り絞り、引き戸を引くと看板娘(とおっしゃっていました。)の方が、「今日は終わりましたよ」と、時計を見ると午後3時、楽しみにして昼食を抜いていたので焦燥感をひた隠しに抑え、撮影のお願いをしました。

 石鳥谷宿の蕎麦屋さんを訪ねてきたことをお話して、一時暖簾を出していただくことにしました。快くご対応いただきまして本当にありがとうございました。

 佐々木屋さんは、創業から250年を超えるそうですから、原敬と松岡一行は、佐々木屋さんに、立ち寄ったに違いないという気がしてきました。

 看板娘のお母さん、最後に「宮田輝さんも取材に来て、一緒に写真を撮ったのよ」とおっしゃっいました。
 二重三重に歴史を感じた一日でした。

 たくさんお話を伺い、出るときは午後4時を過ぎていました。看板娘のお母さん、重ね重ねありがとうございました。
 お店では気が付かなかったのですが、写真を見ると塩そば一日限定10食の色紙、今度早い時間にお伺いして注文したいと思います。
 
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by bbex162546 | 2014-12-19 15:00 | 風景 | Comments(0)

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