花巻の風景 高村山荘と高村光太郎記念館

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 「高村光太郎」は、昭和20年5月15日東京から宮澤賢治の弟「清六氏」を頼り疎開しましたが、宮澤家も空襲で被災し自炊生活を決意しました。そして現花巻市太田山口地区に、鉱山の飯場として使用した粗末な小屋を払い下げてもらい、7年間暮らしました。
 
 その地に記念館がありますが、平成25年5月15日旧記念館から旧花巻民族資料館へ移転オープンし、平成27年4月テーマを5つ(彫刻・文芸・書画・花巻・智恵子)に分けて再度のリニュアールオープンをしました。
 スペースも広くなり、見やすくなったように思います。


 旧記念館
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現記念館
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高村山荘
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山荘内部
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入口の日時計
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「月光殿」(トイレ)の明り取りの「光」
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木彫家のお洒落な遊び心です


 昭和27年「高村光太郎」は、十和田湖にある「乙女の像」製作のため上京しました。その後山居生活に戻るつもりでいましたが、肺結核で昭和31年4月2日中野のアトリエで73年の生涯を終えました。

 光太郎を敬い慕っていた住民は、昭和32年山荘を保護するため木材を持ち寄り覆屋を被せました。その覆いも痛みはじめ、昭和52年それらを鉄骨で覆い現在に至っています。

 又花巻に来た5月15日に「高村祭」が行われ、今年で58回目だそうですから、昭和32年から続けられていることを見ても、いかに住民が尊敬し慕っていたかが覗えます。


緑に包まれる山荘の裏山
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智恵子抄『案内』より

・・・
智恵さん気に入りましたか、
好きですか。
後ろの山つづきが毒が森。
そこはカモシカも来るし熊も出ます。
智恵さん斯ういふところが好きでせう。




智恵子展望の丘から
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 山居生活中に、裏の坂を上り緑の中を抜け展望開ける丘まで来て、福島の安達太良山の方向に向かい「智恵子」の名を呼んだといいます。

 またこの間、「宮澤賢治全集」編纂の同志として知り合い、紫波の東根山に開拓で入植した「藤原嘉藤治」とも、定期的に交流があったようです。

 今回「高村光太郎記念館」を訪ねるきっかけを頂きました、saraさんありがとうございました。
 saraさんのブログに更に詳しく、「高村祭」「高村山荘」「高村光太郎記念館」について掲載されています。

 
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by bbex162546 | 2015-05-16 23:00 | 人物 | Comments(0)

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